American Alliance of Museums(米国博物館協会)は2018年に”Museums & Public Opinion”という博物館についての世論調査を実施し、調査の概要が公開されています。
主な調査結果
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97%
ミュージアムが地域コミュニティにとって教育的な価値があると考えている人の割合
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89%
ミュージアムが地域コミュニティの経済に貢献していると感じている人の割合
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96%
公的機関がミュージアムをサポートするために、積極的に法整備を行なっていると考える人の割合
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96%
ミュージアムのための連邦基金について、現状維持もしくは増額するべきと答えた人の割合
レポートは「ミュージアムにとって朗報」として調査結果を紹介し、「年齢、支持政党、ミュージアムによく行くか否かに関わらず、ミュージアムの活動は地域コミュニティの教育的、経済的な資産として、非常に高く評価、認知されていることがわかりました。」と続けます。
市民のミュージアムへのサポート意識
一貫してミュージアムをサポートしていると回答した人は全体では86%。アメリカの市民はサポート意識高いですね。セグメント分けして細かく見ていくと、支持政党別(Political Persuation)では民主党支持者が90%で一番高く、支持政党なし層が80%と一番低い(この中では。でも高支持)。来館経験の有無(Museum Visitors)というセグメントで分けると、ミュージアムに行ったことがある人の90%がサポートしていると答えているのは納得ですが、行ったことがない人も82%はイエスと答えています。自分は行ったことがないけれど、ミュージアムの存在意義は認めているという結果ですね。
次のセグメント分けは「選挙人か、選挙人でないか(Voters in Elections)」ですが、これはとてもアメリカっぽいなと思います。日本ではない設定ですね。一定年齢以上になったら自動的に選挙権が与えられる日本に対し、アメリカでは選挙人登録をしないと投票できないということが反映されています。言葉を変えると、選挙権を得るのに一手間かかるので、それを自ら行うかどうかで、社会的意識の差を切り分けるのにこのセグメントが使われているように見えます。ただし、博物館に対しては、この選挙人であるかないかという条件の違いは、それほどミュージアムへのサポート意識には影響を与えていないようです。(86%と84%)
地域コミュニティの規模(Community Size)は田舎から大都会までを4段階でサイズ分けされていますが、そこも84〜86%と大きな差は見られません。田舎だろうが都会だろうが、政治的主張が何でも、社会的意識高い系かどうか、博物館に足を運ぶかどうかも関係なく、アメリカ人はミュージアムの存在意義を認めている、コミュニティにとって必要なものだと思っているということがわかる結果だと思います。
教育機関としてのミュージアムの認知度
アメリカの博物館は全ての世代に対して、教育の機会を提供することに努めており、20億ドルをこうしたプログラムの提供に費やしています。その予算配分を見るに、典型的なミュージアムで4分の3を幼稚園から高校卒業までの学童へのアクティビティに使われています。
こうした実績を踏まえて調査結果を見ると、一目瞭然の結果が出ているといえます。支持政党、来館の有無、選挙人かそうでないか、地域コミュニテイの規模に関わらず、9割以上の回答者がミュージアムに教育的価値を見出しています。
ミュージアムは経済活性化に貢献している
ミュージアムの経済貢献の指標として、雇用と税があげられています。博物館がアメリカ全体で726,000の雇用を創出することで貢献している額は毎年500億ドルで、120億ドルを国や地方に税金として納めています。こうした事実を踏まえて、ほとんどのアメリカ人は約9割がミュージアムの経済的価値を認めています。
立法者がミュージアムをサポートするべきと考える人は9割以上
教育的、経済的にミュージアムが価値あるものと認識されていることから、法的にも博物館はサポートされるべきと考える市民は非常に高率となっています。支持政党、来館の有無、選挙人かそうでないか、地域コミュニティの規模に関わらず、軒並み90%台後半の割合で、市民は博物館をサポートすることを立法者に求めています。
ミュージアムをサポートする基金を充実させるべき
ミュージアムを支援する連邦基金に対する意見についても同様の傾向が出ています。博物館に対して最も多く補助金を拠出しているのはInstitute of Museum and Library Services (IMLS) で、National Endowment for the Arts, National Endowment for the Humanities, National Park Service, National Science Foundationといった機関からも財政的なサポートが提供されています。アメリカの市民はこうしたミュージアムに対する財政的サポートを積極的に維持・拡充していくべきと考えているようです。
全体として、アメリカの市民の博物館に対する意識は非常に好意的で、高いことがわかります。また、地域コミュニティの一員として、その価値をしっかりと認められているといえそうです。
<調査概要>
調査名:”Museums &Public Opinion” AAM, 2018
調査期間:2017年5月
回答者数:2,021人
調査実施機関:Ipsos
日本の「文化に関する世論調査」
日本ではミュージアムに限った世論調査はありませんが、2018年に「文化に関する世論調査」という調査で、博物館や美術館に対する意見も含んだものを内閣府が実施しています。1996年、2003年、2009年と実施され、2018年で4回目になります。「文化に関する国民の意識を調査し,今後の施策の参考とする。 」のが調査目的です。
その中のミュージアムに関わる調査項目と結果を見ていきたいと思います。
余暇を文化芸術に関わる活動に費やした人は約60%。うち約40%の人がミュージアムに足を運ぶ
「この1年間に,ホール・劇場,映画館,美術館・博物館などで文化芸術を直接鑑賞したことはありますか?」という質問に対しては、59.2%の人が「鑑賞したことがある」と答え、そのうち22.5%が美術関連の鑑賞活動に行き、18.4%が歴史的な建物や遺跡に足を運んだと回答しています。ミュージアムに関わると考えられるこの2項目以外には、「映画」「音楽」「アニメ・メディアアート」「演劇」「舞踊」「芸能」「伝統芸能」が文化芸術活動としてあげられています。
つまり、ある個人が余暇を何に費やすかを決定し、そのうち文化芸術鑑賞に当てる時間のうち、ミュージアムを選択するというプロセスの前に、こうしたその他の文化芸術活動よりも魅力的と思ってもらわないといけないということになります。広い意味で、「映画」「音楽」「アニメ・メディアアート」「演劇」「舞踊」「芸能」「伝統芸能」などはミュージアムの競合相手といえます。
「安さ「選択肢の増加」「交通の利便性」がミュージアムへの動機付けトップ3?
「どうすれば美術館や博物館にもっと行きやすくなると思いますか?」という質問に対しては、入場料の安さと答えた人が32.6%、近くに美術館・博物館が増えると答えた人が30.7%、交通の利便性をあげた人が23.6%、「お金」「選択肢の増加」「交通の利便性」がトップ3というのも個人的にはなんだか複雑な気持ちになりますが…多くの公営のミュージアムは映画やコンサートに比べて十分に入場料は安いと思いますし。中途半端な活動のミュージアムが地域にたくさんできたからといって多くの人が来館するかも微妙な気がします。交通の利便性は確かに物理的なバリアと考えると納得できますが。
注目したいのが「展覧会の情報がわかりやすく提供される」が22%で4番目に入っていることです。有名作家や作品の企画展などに関しては、現在では積極的にWebでの情報提供が図られているように思います。しかし、中小規模の地域のミュージアムなどのWeb活用はまだ発展途上という気もします。図書館や公共施設の片隅にひっそりと置かれた企画展のチラシを見つけたりすると、手に取る人が限られる紙媒体よりもWebで情報提供した方がより多くの人にアクセスしてもらえるのに、と思うことがあります。
「美術館や博物館に併設あるいは近隣の飲食店や商業施設が充実する」14.4%は、多くのミュージアムに意識され実行されている項目かなと思います。ミュージアム・カフェの併設や近隣商業施設とのコラボなどは実施されているように思います。最近では5月18日の国際博物館の日に合わせて、上野のミュージアムと上野のれん会がタイアップしたキャンペーンが実施されていました。(国際博物館の日 International Museum Dayを広報視点で考える)
寄付について問う質問は文化芸術振興に対する市民の意識を測るのに最適か?
「この1年間に,チケット代金以外の文化芸術振興に関わる寄付をしたことがありますか?」という質問の結果は、なかなか厳しいものです。59.7%の人が「したことはなく、今後もしたいとは思わない」と答えています。ただ、積極的にミュージアムを財政的にサポートするべきという結果が出た先述のアメリカの博物館についての世論調査のように、寄付ではなく、公的な財政によるサポートの必要性を問う質問であれば、回答は変わってくる可能性があります。いきなり寄付の意思を問う設問については、疑問が残ります。
寄付を促す動機付けを探るより、ミュージアムが文化芸術振興に役割を果たしているかを先に問うべき
この1年間に,チケット代金以外の文化芸術振興に関わる寄付を「したことがある」,「したことはないが,今後はしてみたい」と答えた者(664人)に,どうすればもっと寄付しやすくなると思いますか?と質問は続きます。個人の寄付に随分こだわっていますね、この調査。お金について掘り下げるなら、公営の施設であれば、実際に税金が拠出されているミュージアムが市民の文化芸術意識にどれくらい貢献しているかを問う設問にすればいいと思うのですが。そうした現状分析なくして、寄付の促進を意図して個人の意識を問うこの質問をしても、今後のミュージアムの運営改善にはあまり役立たないと思うのです。
地域の歴史文化の継承に対する市民の意識は高い
「伝統的な祭りや歴史的な建物などの存在が,その地域の人々にとって地域への愛着や誇りとなる」との考え方について,どのように思いますか?という質問については、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」という回答を合わせて70%で、地域への愛着や歴史文化の継承に対する市民の熱意が読み取れます。こうした地域への愛着や文化継承の拠点として役割を果たし、文化的拠点として地域コミュニティに貢献するのはミュージアムにとってやはり求められる方向性といえます。
地域の文化的な環境への満足度は直接鑑賞体験と相関性がある
「文化芸術を鑑賞したり習い事をしたりする機会や文化財・伝統的まちなみの保存・整備など,お住まいの地域での文化的な環境に満足していますか?」という質問については、53.6%の人が「満足している」「どちらかといえば満足している」と答えています。女性の方が男性よりも4ポイント高く、年齢別では18〜29歳の若年層の満足度が高い結果です。
この結果はQ1の文化芸術の直接鑑賞体験の有無を聞いた問いの男女の差、年齢別の差の傾向とほぼ合致します。女性は男性よりも8.8ポイント直接鑑賞体験の割合が高く、18〜29歳の若年層は74.1%で年代別で見た中でもっとも直接鑑賞体験度が高い層です。直接体験することは満足度アップにつながると言えます。(というか、体験していないのに満足していないと答えるのはなぜなのか?「わからない」という回答が増えるならわかるのですが)
どうやって来館してもらうか、体験してもらうかが、ミュージアムを含む文化施設の重要な課題ということができます。
地域の文化的な環境の充実のキーマンは50代以上の人、男性か?
「お住まいの地域の文化的な環境を充実させるために,何が必要だと思いますか?」という問いに対しては、「子どもが文化芸術に親しむ機会の充実」が40.5%でトップです。地域への愛着や歴史文化の継承への意識が高かったことと相関した結果といえます。2番目には「地域の芸能や祭りなどの継承・保存」36.8%が続いていますし。
ただ、若年層で地域の文化的環境への満足度が高かったことを見ると、子どもへの働きかけはある程度成果が出ていると考えられます。50代以上で「満足していない」層が多いこと、女性よりも男性の満足度が低いこと、満足度が低いのは文化芸術の直接鑑賞体験が少ない層であることを考えると、この層への働きかけが地域の文化的な環境の充実のキーポイントになる可能性があります。
文化芸術の振興の社会的効果をどう測るか
「日本の文化芸術の振興を図ることにより社会にもたらされる効果として期待することは何ですか?」という質問に対しては、「子どもの心豊かな成長」45.3%、「地域社会・経済の活性化」41%、「人々が生きる楽しみを見出せる」37.5%、「地域のイメージの向上」34.1%の項目で3割以上の回答が寄せられています。
このうち「地域社会・経済の活性化」という項目に注目してみます。先述のアメリカの博物館についての世論調査でも「ミュージアムは経済活性化に貢献している」という項目がありました。そこで経済活性化を測る指標としてあげられていたのは、「税金」と「雇用」です。「効果」を問う設問ですが、どのように効果を測るかという視点があればもっとその結果が運営に活用できるはずです。
いきなり観光資源としての文化財に関する質問が登場。なぜ?
「日本の文化財を観光の資源として魅力あるものにしていくためにはどのようなことが重要だと思いますか?」という問いも設定されています。ここの設問までたどり着いて「おや?いきなり観光の話が出てきたぞ」と思うわけです。続いて「2020年東京オリンピック・パラリンピックに関連して,大会までの4年間,文化イベントが全国各地で行われます。あなたは,文化イベントに国内外の多くの人々が参加するために,どのような環境が必要だと思いますか?」という質問が出てくるので、この調査の意図がわかるわけです。これはオリパラのための調査だなと。
調査は質問をどう設定するかで結果がかなり変わってきます。つまり調査の設計によって、ある程度結果を調査実施者の意図に沿うようにコントロールすることも可能です。意識調査なのか、イメージ調査なのか、満足度調査なのか、今ひとつ何を調べたいのかわかりにくい設問だなと感じながら見ていったら、オリパラに関連した施策の裏付けにするための調査だったのか、ということが見えてきたように思ったわけです。
とはいえ、この設問の回答であげられている項目はミュージアムの運営にも多少は活かせるかなと思いますが…観光地での文化財に関する情報の発信とか、文化芸術に関する展示やイベントのコラボレーションとか。
でも、できればミュージアムにフォーカスして、市民意識を明らかにする調査を日本でもやってくれないかなと思います。3年に1回とか、定期的に実施して運営の改善に活かせるような。調査員による個別面接聴取法とか手間のかかる方法じゃなくてインターネット調査でいいので。
<調査概要>
調査名:文化に関する世論調査
調査時期:平成28年9月22日~10月2日
調査方法:調査員による個別面接聴取法
母集団:全国の市区町村に居住する満18歳以上の日本国籍を有する者
標本数:3,000人
地点数:206市区町村 210地点
抽出方法:層化2段無作為抽出法
調査実施機関:一般社団法人 中央調査社
とりあえず本日はこの辺で。